Food Supply Chains & Food Loss and Waste
食品サプライチェーン&食品ロス研究(日本女子大学小林富雄ウェブサイト / Website by Kobayashi, Tomio)
Research on Sustainable Food Chain
【新刊】
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"The Economics of Food Loss and Waste" available on Amazon eBooks, 2022
食品ロスの発生メカニズム ②
[食べ残しの持ち帰りにおける飲食店のリスクバイアス]
米国では、食べ残しの持ち帰りを意味するドギーバッグが一般的ですが、日本では食中毒や変質による味の変化を気にして、店舗側がドギーバッグを禁止するケースが良くみられます。下図は、トラブル発生を避けるために持ち帰りは認められない業態別企業割合を調査した結果です(N=329)が、このようなことは欧米ではあまりみられません。お客さんが持ち帰ってくれれば、持ち帰り用のパックを提供する必要がありますが、店舗で発生する廃棄物が減って食料資源の有効活用にも繋がるため一石二鳥です。
図:トラブル発生を避けるために持ち帰りは認められない業態別企業割合(N=329)
出典: 財団法人食品産業センター(2010)『平成21 年度食品廃棄物発生抑制推進事業食品廃棄物等発生抑制調査検討委員会報告書』
国内のアンケートのうち、ドギーバッグ普及委員会の調査では、9割近い消費者がドギーバッグに賛成といっています。なぜ、日本の飲食店はそうなってしまうのでしょうか? 以下では、日本の飲食業者の企業行動を一般化するため簡単なモデル化を試みます。
表:食べ残しの持ち帰りに関する各種アンケート調査
資料1:毎日新聞2009年12月1日朝刊
資料2:平成21 年度食品廃棄物発生抑制推進事業「食品廃棄物等発生抑制調査検討委員会報告書」
資料3:ドギーバッグ普及委員会(2010年9月)
資料4:読売新聞 (2010年9月)
資料5:西日本新聞(2010年9月)
資料6:アイシェア(2010年9月)
資料7:Yahoo ニュース(2010年9月)
ドギーバッグにより食中毒が「発生する」と、店舗側は見舞金、風評被害による機会費用、事前事後の労働コストなどの費用 C(y)を負担することになります。しかしドギーバッグをしても食中毒が「発生しない」場合には、顧客満足、持ち帰りを前提とした追加注文、環境対応によるイメージアップなどにより新たに生み出される利益 P(y)が期待できます。yは飲食業者の売上金額を示し、その規模によってCとPが決定するとします。
持ち帰り推進をアピールすることによる利益は、売上規模に従って大きくなるとすると(実際にはファーストフード以外のテイクアウトはうまくいかないこともありますが、牛丼店など20%程度がテイクアウトですのでこれをベンチマークとすると持ち帰りの潜在需要は大きいかもしれません)、P は y の増加関数と考えることができます。NPO法人のドギーバッグ普及委員会は、このような飲食店の利益を考慮したソーシャルビジネスを念頭においているものと考えられます。
C については、本部で一括してクレーム対応することで低コスト化(専門の部署を持つことができますので、効率化されます)が可能な一方で、売上が大きいので、小さな事件でも風評被害のリスクは幾何級数的に増大します。つまり、リスクは線的に増加するのではなく、ある転換点を超えるとCは大きく増加するような曲線の関数が想定されます。
一方、ドギーバッグを実施するにあたり、食中毒の有無にかかわらず、自己責任の徹底や、早めに食べるよう促すリスクコミュニケーションに伴う追加費用 AC(y)が発生します。ACは、ここでは広報部が専門的に行うとして大手企業のほうが効率的に進められると考えてyの減少関数を想定します。
食べ残しの廃棄費用 WC は食中毒の有無に関係なく、削減コスト分の利益がもたらされますが、その程度は、経営規模よりも業態や扱う料理によって左右されると思います。実際は、調理くずなどと一緒に回収業者へ渡すことが多いので、意外と少ない可能性もありますので、1店舗のモデルではなく地域全体で取り組むようなモデルを想定したほうがよいかもしれません。
以上より、食中毒の発生率がpのとき、ドギーバッグによる環境マネジメントを通じて発生する便益は(1)式のように示すことができます。
U(y)=(1-p)P (y)- (p)C(y)-AC(y) + WC・・・(1)
期待値に従って意思決定する場合は、(1)式がプラスである限り、店舗はドギーバッグを積極的に採用することになります。しかし、ここで重要なことは、人間はリスクに対する行動が期待値(確率と考えてください)に従って行われているとは限らないということです。
持ち帰った料理が、顧客の不適切な管理により食中毒にかかった場合、現在の法体系では飲食業者は法的には営業停止処分や損害賠償をする責任を負わないと考えるのが妥当です(ちなみに厚生労働省は、その場で食べ切ることが基本であるといっています)。
しかし、消費者が望む食べ残しの持ち帰りを、このような非合理的な理由で禁止したり消極的になったりするとすれば、これは発生しない場合の利得よりも発生した際の損失について過大に見積もっていることを意味します。主観的な(つまり科学的根拠がない・・・)確率 w(p)を加重和した期待効用 EU(y) は、下記の(2)式のように表されます。
EU(y)=U[w(1-p)P (y)-w (p)C(y)-AC(y)+WC]・・・(2)
このようなトヴァスキーらが実証している主観的確率である確率加重関数(Probability Weighted Function)を用いたプロスペクト理論(Prospect Theory)では、低確率の領域が過大評価され、高確率の領域では過小評価されると考えます。したがって、次式のように
w (p) + w(1-p)< 1・・・(3)
という劣加法性(つまりpの値が主観的で一定していないのですね)が満たされる。この考え方は、めったに起こらないドギーバッグによる食中毒リスクに過敏な企業行動と合致します。なぜなら、営利企業ではコストベネフィットの評価バイアスは少ないが、低確率領域でpを過大評価するためドギーバッグを実施しない可能性があるからです。
このようなバイアスを乗り越えEU(y)の最大化を目指すには、(3)式の劣加法性を可能な限り1に近づけるため、大衆に向けた正しいリスクマネジメントを実施する必要があるかもしれません。米国流がいいというわけではありませんが、日本人としては事実を知りさえすれば食べ物を粗末にできないのではかと私は思っていますので、情報が公開されない日本の状況は残念です。
ちなみに、食中毒はもちろん回避しなければなりません。食育基本法でも「食の知識」に加え、「食の選択能力」を重視しています。これは栄養学的な「選択」を意味しているのだと思いますが、食べごろを見極める、おいしさや衛生面での「選択」能力も同時に身につけていく必要があるように思います。