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食品ロスの発生メカニズム ③

 

[サプライチェーンの需給の不完全調整]

 

サプライチェーンマネジメント(Supply Chain Management:以下SCM)に関する書物はたくさん出ていますが、食品ロスとの関係性を理解するには少し範囲を狭めて深堀りする必要があります。理論的には高度な数学知識が必要となるため、ここではシステムダイナミクスの巨匠、MITのフォレスター教授が創案した「ビールゲーム」に沿って、サプライチェーンの理論と1/3ルールについて解説します。

 

  ビールゲームとは、下記の4つの組織(ノード)からなるサプライチェーン(供給連鎖)を仮定し、それぞれにプレイヤを置いてランダム(4ケース、または8ケース)な発注に対して、1つ上流のノードに発注してゆくという4人1組で行うゲームです。ちなみに、勉強し過ぎのMIT学生たちのために作ったとも言われています。

​資料:Wikipedia

​詳しい内容は実際にやっていただくか、他に譲ることにして、このゲームの結果から観察される要点は、ランダムな発注数に対して、独立した各プレイヤはいずれも初期の発注数を基準に意思決定するという非合理性(ヒューリスティクスといいます)がみられる点です。さらに、外部環境(ここでは川下からのオーダー)に対して反応が鈍いために、在庫が過剰になったり欠品(ゲームではマイナス)になったり振幅が増幅・遅延しているということです(下図)。なお、情報交換や互いに相談(コミュニケーション)をしてはいけないことになっているため、その発注数の起点となる消費者(Customer)情報を知っているのは小売店だけです。

 

しかし、それぞれのプレイヤが情報交換し協調し合うことを促したシミュレーションでは、下図のとおりサプライチェーン全体の在庫は大きく減らせることができます。

※Y軸の数値が上図が最大980に対し、下図が230であることをご確認ください)

ここで、ゲームの前提をみてみましょう。

 

 

各ノードの意思決定は、自分の1つ下流のノードから発注された数によりなされます。このゲームの在庫の初期値は12ケースで、下流からの受注数と上流への発注数は4に限定されています。下流からの受注分を発送すると在庫が減少するので、上流のノードに対してそれを補う発注を行います。

 

その後は伝言ゲームのようになり、上図のように在庫の振幅が増幅・遅延してしまうことがこのシミュレーションで実証されます。結論としては、サプライチェーンマネジメント(SCM:供給連鎖全体を見渡した、全体最適となるような管理)が必要だということです。現実には、PB商品を中心にマネジメント能力を高めてきた小売が中心となり、商品開発から販売に至るSCMを行っているケースが増えています。食品が過剰となっている状態では、消費者の情報を持っている小売が、主導権を握ることになります。

 

 

ゲームの勝敗は、下記のコストを合計し最も低いものが勝ちとなります。1回=1週間として、全50回行いますが、これは約1年(350日)をイメージしています。

 

 

○在庫費用(倉庫のレンタル料など)=0.5ドル/ケース

 

 

○機会費用(受注残として欠品状態となります)=1ドル/ケース

 

 

この費用の傾向は、上の① 在庫理論による過剰性を伴う経済モデル」でみた廃棄コストと機会費用を連想させます。廃棄費用に対して機会費用が大きくなればなるほど、在庫が過剰になってしまうことが予想されるため、ビールゲームでもロスが増える傾向がみられます。

 

 

しかし、このゲームを用いてわが国の1/3ルールにあてはめてみると、本来は上流に滞留するはずの在庫が下流まで降りてきて、それが返品され、廃棄されるという社会的には全く非効率な状況が生まれていることが理解できます。

 

1/3ルールとは、下図のとおり製造日から1/3を過ぎるとメーカーや卸売り業から出荷できなくなり、2/3を過ぎると小売店から撤去される商習慣のことです。海外では、米国:1/2、英国:1/4、フランス:1/3、ベルギー:1/3と日本より期間が長いとされ、韓国ではヒアリングした限りではそのようなルール自体がないようです(例えば、デパートでは厳しく残存期間を残すよう支持されるが、DSやネット販売では期限ギリギリでもよい、など)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

​特に問題なのは、ボリューム陳列や欠品した場合のペナルティ(罰金や取引停止などが考えられます)を過度に恐れ、廃棄されることが分かっていながら、過剰な品揃えをしてしまうことでしょう。過剰分は下表のとおり返品されるのですが、まず、その金額の大きさが問題となります。スーパーの営業利益率3%、卸売業は1%程度であることから、その返品率の多さは大きな経営課題と言えます。下表では卸売業からメーカーへの返品が多くなっていますが、小売から卸へ返品されたものがさらにメーカーへ返品され、廃棄されることもありえますのでその点は注意が必要です。なお、サプライチェーン全体の加工食品の返品金額としては、小売⇒卸と卸⇒メーカの重複を除く必要がありますので、1000億円程度ではないかとみられます。

 

 

 

 

 

 

 

資料:流通経済研究所(2013)「返品削減WG報告書 返品削減に向けた取り組みの進捗について」

※流通経済研究所(2015)「加工食品の返品実態調査結果詳細資料」によれば、その後の卸⇒メーカ返品金額は、2012年909億円、2013年839億円、2014年821億円と、明確な減少傾向がみられる

返品後の商品の取扱は、下図のとおり、やはり大半が廃棄となっています。

資料:流通経済研究所(2013)「加工食品の返品・廃棄に関する調査報告書(確報)」

 

 このような1/3ルールをモデル化する際、下図のように時間に対して、2段階の需給モデルによる説明が可能と思われます。在庫戦略は、受注生産やトヨタのJITのような「延期」的なものと、大量に在庫を抱えて薄利多売する「投機」的なものに分けられます。ITによる需要予測の精緻化もあり、基本的に不要なものは仕入れない「延期」戦略が世の流れではあるのですが、食品流通は少し特殊です。なぜならば、事前に買うものをあまり決めずに購買する「最寄り品」であるため、大量陳列により需要が変動するからです。要するに、煽れば売れるのです。このような需要関数の変動を示したものが下図です。

 

ここで重要な事は、(グラフ縦軸の切片である)本来の需要である「α」に対し、あえて(意図的に)戦略在庫である「s」を追加てきにOversupplyしていると考えた点です。

一般の経済学では、売れ残りとなった剰余をSurplusと表現し、たまたま(偶発的に)発生するものと定義されています(あえて過剰にすることは、合理的ではないという前提)。もちろんこの違いは数量的な区分(つまり100個売れ残ったとして、Oversupplyが○個で、Surplusが○個といった分け方)が難しいですが、概念的に区分して対策を整理することも時には必要でしょう。マスコミ報道もここを混同して、不毛な議論を繰り返すしていることあるので要注意です。

さて、気候やイベント(運動会、花見、ギフトなど)にも左右されます。チラシ販売も日本では一般的であり、その場合、1ヶ月前くらいから商談するため、投機的な側面が強くなります。つまり、どうしても過剰に品揃えしようとするOverSupply傾向が強まります。さて、その過剰性をどのように処理するのか、ということが第2段階です。1つは廃棄ですが、その前に需給調整が2とおり行われる可能性があります。1つは返品です。これは、売ってみないと返品量が確定しないという意味で、在庫量は延期的なものといえます。そして、もう一つは見切り販売(MD:マークダウン)です。これは、価格を変更(販売直前で再決定)するという意味で延期的な価格決定となります。

これら3つの需給調整様式をまとめたものが下表です。

 

 

 

 

 

 

資料:久保知一(2001)「流通取引と需給調整」『三田商学』44(4)を参考に筆者作成

グラフで示すと、下図の通りになります。

​​価格投機-在庫量投機:(Ⅰ:基本モデル)

価格投機-在庫量延期(ⅡーⅠ:返品モデル)

価格延期-在庫量投機(ⅡーⅡ:MDモデル)

資料:久保(2001)を参考に筆者作成

結果的に、下表のとおり利潤が確定します。定量的な分析は今後の課題ですが、小売がリスク回避的な様子が示唆されます。またこのモデルは独占を前提としており、今後の学術的な課題として店舗間の競争モデルを組み込んだ場合には、これ以上にサプライチェーン上流へのリスク移転が強くなるものと推測されます。(なお、食品関連の35社による「食品ロス削減のための商習慣検討ワーキングチーム」では、2013年5月よりミネラルウオーター、2014年6月より清涼飲料水(ジュース)、その他、即席麺、菓子類の期限延長を図っており、2013年8月~2014年2月までの集計で、食品ロスを4万t(約87億円相当)削減しています。上記の表から、この削減量は、5~10%程度の削減率だと推測されます)

資料:小林(2015)

実際には、それ以外にも企業は出荷先を考えるかもしれません。例えば、ディスカウントショップに格安で販売したり、フードバンクに寄付したりしますが、今のところ単独の営利事業としては成立しにくいと考えられますし、そもそもOversupplyなので、値崩れを防ぐためにも(胃袋は一定なので、需要喚起には限界があります)どこかで食品ロス発生のインセンティブは高まるはずです。儲けるためには、廃棄する必要があるのですね。私はこの点では、企業収益も重視したい立場ですので、価格競争を回避することこそ、食品ロス削減の重要な施策だと考えています。この点は、いずれどこかでまとまったものを公開したいと思います。

 

ちなみに、自己責任の国、アメリカでは賞味期限切れを扱うスーパーがあるようです。一方、日本では期限切れ食品はフードバンクでも引き取ってくれませんので、まだ賞味期限は捨てる基準になっているといえそうです。また、賞味期限に対してシビアすぎることが廃棄につながるという指摘があります。信ぴょう性は保証しかねますが、賞味期限後にどれだけ食べられるかという「可食限界」について、下図のように整理されています。あくまで自己責任ですが、海外でこのような基準ができるのも時代の要請かもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料:Thrillist

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